テクノロジカル・ニヒリズム2011/08/16 08:21:21

丸山眞男集第五巻 ファシズムの現代的状況 (1953年)より~

 ・・・・・ ところで、ファシズムの強制的な同質化とセメント化のプロセスによって、個性も理性的批判力もなく、外部からの刺激に受動的に反応するだけの、砂のように画一的なマスが造り出されるということを先ほど申しましたが、実はこうした意味における国民のマス化は、現代の高度資本主義の諸条件の下で不可避的に進行している傾向なのであって、ファシズムはただその傾向を急激に、また極端にまで押しつめたものにすぎないということを忘れてはなりません。
 ・・・・・ 一体資本主義体制は自由企業などという名で呼ばれますが、およそ資本制企業の内部構造ほど本来権威主義的なものはありません。

 ・・・・・ 近代生活の専門的分化と機械化は人間をますます精神的に片輪にし、それだけ政治社会問題における無関心ないし無批判性が増大します。・・・例示しますと、技術的専門化に特有なニヒリズムが挙げられます。凡そ特殊分野のエクスパートに通有の心理として、自分の技術なり仕事なりを使ってくれさえすれば、それを使う政治的社会的な主体が何かというようなことについては、全く無関心で、いわば仕事のために仕事をする。毎日仕事に忙殺されるということそれ自体に生きる張りを感じる。・・・これが結果的にはいかなる悪しき社会的役割にも技術を役立て、いかなる反動的権力にも奉仕することになり易い。これをテクノロジカル・ニヒリズムとでも呼ぶことができるでしょう。これとちょうど相表裏して、現代政治の技術的複雑化からして、政治のことは政治の専門家(エキスパート)でないとわからないから、そういう人に万事お任せするというパッシブな考え方が国民の間に発生し易い。エキスパートに対する度を超えての無批判的信頼が近代人の特色の一つだとエーリヒ・フロムも指摘していますが、これが政治の分野にまでおよんで、政治的無関心を増大させ、デモクラシーを内部から崩壊させて行くのであります。・・・アリストテレスが「政治学」の中で、「家の住み心地がいいかどうかを最後的に決めるのは建築技師ではなくその家に住む人だ」ということを言っていますが、まさにこれが民主主義の根本の建前です。
 ・・・・・ さらに現代生活において国民大衆の政治的自発性の減退と思考の画一化をもたらす大きな動力があります。それはいうまでもなくマス・コミュニケーションの発達によるわれわれの知性の断片化・細分化であります。・・・今日のマス・コミュニケーションは必ずしも露わに画一的な結論を押しつけない、むしろ素材そのものを巧妙に取捨して、人々があたかも自主的に一つの意見を選択したかのように信じこませる。・・・現代のマス・コミュニケーションとそれに支えられた政治権力は、基本的には全くこれと同じ手段によって国民の政治的思考を類型化し画一化し、いわゆる「世論」を作りだして行くといえるでしょう。
 こういうようにファシズムの強制的同質化を準備する素地は近代社会なり近代文明なりの諸条件や傾向のなかに内在しているものであって、それだけに根が深いといわなければなりません。

象の鼻から2011/08/16 09:55:29